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【編集中】"Come Out of Her, My People!" & "Genesis Chapter 11"
カテゴリ: ◇Daily Bible Verses/日毎の聖句


1、  過去記事の復刻
"Believers' Unity: -Organizational or Spiritual?-"
by Theodore H. Epp
Chapter 3
The One World Church

[pp.69-70]
-How They Operate-
[復刻記事= 
Church & Churches vol.1 ]

... In Genesis 11:3 it is said that "they had brick for stone, and slime
had they for mortar." From this we can get a significant application.
Brick are made according to one mold; thus, today's eccumenical
movement wants every denomination, church and individual to
conform to its mold. However, believers are living stones(I Pet. 2:5)
and do not fit into the form of the world.
 「 創世記11章3節にこうあります、『彼らは、石の代わりにレンガを、また、モルタルの代わりに泥を使った。』 ここから重要な教えを見出せます。 レンガというものは、一つの型に流して作られます。 即ち、今日のエキュメニカル運動は、全ての宗派、教会、また、個人を、それに合った型にはまる事を求めて来ます。 しかしながら、信者は『生ける石(1ペテロ 2:5)』とあり、この世の型にははまらない。」

Also, there is much application to be drawn from the fact that
at the tower of Babel they used slime instead of mortar - they
used a substitute cohesive. The uniting force in true spiritual unity
is the Holy Spirit. But He does not unite that which is made
according to man's mold. Only those who have received Jesus Christ
as Saviour are sealed by the Spirit and have this spiritual unity.
The best that natural man can do is to attempt to produce a
substitute unity.   
 「 また、バベルの塔がモルタルに拠らないで泥を使用したと言う事実からも多くを学ぶことが出来るーすマリ、彼らは代替の接着料を使ったという事である。霊的な一致の主要な力は聖霊である。 主は人間の作り上げた要素をもって一致を及ぼすことは無い。 イエス・キリストを主として受けた者だけが聖霊によって封印され、そうして一致するに限る。 自然なままの人間として最大限に出来る事は、代替的な方法を製作する試みまでである。」

 


2、  過去記事の復刻 x2 :
  【改訂】マタイ13章
&

    【改訂+追記】 on 『マタイ13章・七つの譬』

Matthews 13:24-30
" Another parable put he forh unto them, saying, The kingdom of heaven is
likened unto a man which sowed good seed in his field:
But while men slept, his enemy came and sowed tares among the wheat,
and went his way.
But when the blade was sprung up, and brought forth fruit, then appeared
the tares also.
So the servants of the householder came and said unto him, SIr, didst not
thou sow good seed in thy firld? from whence then hath it tares?
He said unto them, An enemy hath done this. Wilt thou then that we go
and gather them up?
But he said, Nay; lest while ye gather up the tares, ye root up also the
wheat with them.
Let both grow together until the harvest. I will say to the reapers, Gather
ye together first the tares, and bind them in bundles to burn them: but
gather the wheat unto my barn."


【改訂+追記】
  
マタイによる福音書第13章の7つの譬とは:
1、種まき
2、麦と毒麦
3、からし種
4、パンだね
5、隠された宝
6、良い真珠
7、漁師の引き網
です。


2、は、次の段階です。麦畑に、或る時、見た目のそっくりであるところの毒麦も一緒に(同じ場所に)蒔かれてしまっていたのを僕が見つけた話で、これは偽の教理が入り込み、本物の福音との区別が中々つかない状態にされてしまった、初期の教会事情を語る譬です。ちなみにこれらの譬はイエス様が語られたもので、こういった事が実際に起きる以前に忠告の形で教えられていた、云わば預言的な譬のシリーズです。毒麦が実際に本物の麦畑に落ちる事に因る農業上の問題も当時のパレスチナでは実際にあった問題で、歴史上、この譬の通りに、偽教理がどんどんと教会を侵食していったのも実際あった事柄で、これらの預言は今日に至るところまでは、全て成就しています。


  主人が、収穫の時迄分けないように、と指示しした理由としては、あわてて分けようとして、麦まで抜いてしまうからだと言っています。
  それは、根が分けられないくらいにお互いに絡み合ってしまっていることも理由です。
  地下で根が絡み合っていて、本当の麦の根まで繋がって抜けてし合うのも理由ですが、その前に、この麦と毒麦が殆ど外見上見分けをつけ難いのが、第一の理由でしょう。

   収穫期が迫ってやっと判る変化がどういうものかというと、本物の麦は実ってくると穂が重くうなだれてしまうのです。
  稲を見ているのでよく想像がつきますが、同じような形態です。
一方、毒麦の収穫時の状態は、熟すと逆に大きく穂が上に伸び、ぴんと立ち聳えてくるそうです。
  しかも話しによれば、黒づくという説明もあります。
つまり終末に起こることとして、現在我々が日毎に見聞きしている現実を預言してることになります。 
麦も毒麦も共に実りの時期に達しつつあります。
それぞれの実りの様相がほぼ対照的といえることでしょう。
本物の麦では無く、毒麦がいまや実りの頂点にいたって聳え立っていっている様相でしょう。

そこで、収穫期のその麦畑を見渡した際に目に入るのは毒麦で、そのハザマで立派な実をうなだれている本物の麦が、一見見えないのです。

  この譬の、「畑は世界をさす(である)。」)と書かれてあります。(13:38)わたしは、教会内の事についての譬とばかり思っていたのですが、よく読むと、畑は教会ではなく、世界です。
であれば、教会内の本当の信者とそうではないものとについてではなく、世界全体についての譬です。

  その畑で、クリスチャンもそうではない人達も一緒に生えていることです。それでも、言えることは変わらず、今の時点では早急に誰が麦で誰は毒麦かは誰も決め付けないように、ということになります。

  また、この譬で特記すべき点は、「収穫期になると、全て刈られる」ということです。どれも(世界という畑に)生え続けていない事になります。
皆が、刈られ、
 「先ず毒麦を集めて束にして焼き、(13:30)と書いてあります。
つまり、まず始まるのが、毒麦が集合すると言うことになります。
それによってのみ束に出来ます。
その次に、
 「麦のほうは集めて蔵に入れてくれ、」(13:30)
となっています。
  これが、時間的に上記の集合が完成してから、と言うことなのか、或いは、毒麦が集合する行程で、麦が拾い集められ、主の蔵に丁寧に納められていく、ということになるのかの、どちらかでしょう。 ここでは、蔵に入るのは実のあるものに限ります。
 
   もう一点特記すべき事は、『麦』は『毒麦』と対比した隠喩である限り、信徒を指しています。 また、『麦』そのものが、御言葉を示す典型的な『型』の一つです。 もし、この『麦』が必ず教会内に於いてのみ見いだされるのであれば、畑は教会を指すことになりますが、対象のある領域が、教会から世界と領域が拡張されているということは対象は限定された領域にとどまらず、拡張された領域に見出されるものと言うことになります。
  一つは、本当の信徒が限定された領域に限って存在していない、と言うことですが、もう一つは、対象が必ずしもその限定された領域に「まだ」見出されない、と言うのに当てはまる対象もいると言うことになります。 

 あるクリスチャンの教師の方のブログを拝見して、終末の艱難期に備えるために主が語られたメッセージを拝見しました。それによると、わたしたちの迫害されている状態それ自体が、世に与えられる艱難から守ってくれることになるであろう、という意味合いの教えが載っていました。
これは大いに心に留めておきたい教えだと思います。

Bibliography:


Pictures and Parables:
Studies in The Parabolic Teaching of Holy Scripture
;
Lang, G.H.,
The Paternoster Press, London (1955)
Chapter x. The Mysteries of TheKingdom(Matt.13)
pp.63-124.


The Prophetic Parables of Matthew 13
;
Pink, Arthur W.,
Scripture ATruth Book Company,
Fincastle,Virginia (undated).


The Great Prophecies of The Centuries
Concerning Israel, The Gentiles, and The Church of God,
being selected Expositions and Discussions
;
Pember, G.H.,M.A.,
Editor:Lang, G.H.,
Oliohants,LTD.,
London & Edinburgh. (1941)


Prophetc Mysteries Revealed
;
Srauss, Lehman,
Loizeaux Brothers,
Neptune, Jew Jersey.(1980)
ISBN 0-87213-832-1



3、 REVELATION Chapter 14

4、Tatford, Frederick A.,

Prophecy's Last Word
- An Exposition of The Revelation -
[pp.202-203]

THE CALL TO SEPARATION



"And I heard another voice from heaven, saying, Come out of her, My
people, that ye have not fellowship in her sins, and that ye do not
receive of her plagues; for her sins have been heaped on one another
up to heaven, and God has remembered her iniquities" (18. 4,5).

(Ommitted 1 paragraph)

Even now from an ecclesiastical point of view, the summonons has
had a constant application. The Reformation itself was a revolt from
the sinful condition of Papal Rome and, at many periods of history,
there has been an outgathering of a faithful remnant to God. When
the condition of an apostate body is irremediable, there is only one
course open to the loyal few. The divine voice called to those of
Babylon's day: "Come out of her, My people, that ye have not
fellowship in her sins, and that ye do not revceive of her plagues."
「 棄教した信仰体の状態が不治の場合、忠実な一握りの者達が取るべき行程は唯一つである。 バビロン捕囚の時に神託がこうした者達に向かってこう叫ばれた:『我が民よ、そこから出て来なさい! その罪と交わらない為に、また、そうする事によって、彼等が受けるべき艱難を受ける事の無い様に。』」


"Flee out of the midst of Babylon, and save every man his life; be ye
not cut off in her iniquity," cried the prophet Jeremiah in an earlier
day.
Utter and complete destruction was about to fall upon the guilty
system and the Lord wouldm if possible, deliver His own.

As in that day, so in this, many have become enmeshed in the toils
of Babylon.
Greed of gold, the lust for power, the grasp for worthless baubles
and empty honours characterize not only the world at latge but
many a professiong Christian too.
Principles seem to count for nothing where personal aggrandizement
is at stake, and spiritual testimony is only too frequently sacrtificed
for temporary benefit.
"Come out of her," is the cry of the Lord.
The Christian should be of another ilk, and fellowship with the world
cannot be consonant with communion with Christ.
 「 当時のごとくに、今も、多くの者がバビロンの労働に編みこまれてしまっている。
金銀への欲望、力への渇望、無価値な安物と空っぽな名誉の獲得、等は、世の中全般の話に収まらず、自称クリスチャンまでをも特徴付けている。 教義など、自己賞賛が危険に曝されると無きに等しくなり、また、一時的な利得のために、自分の証など頻繁過ぎる程に犠牲にされてしまっている。 
「 そこから出てきなさい!」が主からの叫びである。
クリスチャンは別の種類の存在である筈であり、この世との仲間関係などは主との交わりとは相容れないものである。」


As the stones of the first tower of Babel were heaped together in
that lofty pile, so the sins of the last Babylon were heaped upon
one another until they reached upo to heaven. So great had
become her guilt that God could no longer overlook it and the
divine voice recorded that He had remembered her iniquities.














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編集 / 2010.11.21 / コメント:: 4 / トラックバック:: - / PageTop↑
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mixedtribes(佐々木)

Author:mixedtribes(佐々木)
―可なり執拗な『成り済まし』被害に遭って来ています。どうか、私と名乗る者やそうと臭わせる『変な』通信があった場合は、精密なご調査をお願いいたします。―
 『逆カルチャーショック/Reverse Culture Shock』(=正式名)に重ねられて始まった、
CoIntelPro等とも呼ばれるこの「集団・組織的ストーカー」等への対策用にBLOGを始めました。
 帰国後、家に辿り付いて以来、北海道から一際出ていません。 私自身は一切『街宣』等に参加した事は御座いません。 街宣での自己紹介の中で、私のブログの事では?と連想させるような説明を取り入れることで、まるでその人物が私ではないか、と思い込ませ人違いを促す『成り済まし(風)』にご注意下さい。
 成り済ましが、私の肖像を盗んでやっていた可能性があります。ご注意ください。以前出した事のある子どもの頃の写真を再度以下に貼っておきます。そこにあるのは私の大切な両親ですので、この写真を自分だと偽るために盗用したとすれば、私の大切な両親までをも、自分のだと偽ったことになり、許し難いです。
 太かった事は一度もないです。細くもなく、筋肉質でもありませんが、これらが良い悪い、と言っているのではなく、成り済ましと取り違えられて居たくないため、明確にしています。背は小さいです(が、何故か昔から長身なような印象を持たれがちらしいです)。髪は13―4年、後ろで束ねた長髪で,常に(40年間)前髪があります。
 私は一人っ子です。A型でもB型でもありません。両親は科学者で、ビジネスにも関係なく、また、一切の宗教やましてやカルト・新興宗教とは関連を持っておりません。
私自身が12歳でいきなりキリスト教信仰を持ちました。
 西野のへの字屋根の一軒家の住人で、車は青いスバルです。ここにある写真は私の子供時代のものです。成り済ましが盗用して、自分のだと言っていた可能性があります。ご注意ください。上の四枚は父の要望でこのテーブル付き椅子の上で恰好を付けて学究中ゴッコをしているもの。
 
成り済ましがこのブログを自分のものだと言っている可能性があったので、ここまで公開致します。

[注意]:
大変残念ながら教会には通っていません。また道や人の家への訪問伝道や勧誘は、私の信ずるところと少し意味が違うので、しているのであれば、それはこのブログ主である私ではありません。万が一そのようなものが居り、私のブログを自分のものででもあるかのように言う者が居ましたら、この部分を読ませ、追求しておいてください。ご注意下さい。私に知らせて下さり、少なくとも警察にもご通報お願い致します。
  人が伝道することを批判しているのではなく、しているのは私ではありませんので、騙されないようにして頂きたいと思い書いて居ます。

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