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『民衆の心理』-Book1- グスタフ・le・ボン(From past log)
カテゴリ: ◇CoIntelPro:《関連書籍》 / テーマ: 社会心理学 / ジャンル: ブログ

"The Crowd"
- The Study of The Popular Mind-

From
BOOK 1

CHAPTER II.
THE SENTIMENTS AND MORALITY OF CROWDS.

 (Exerpts from PP.22-25)

[from wiki:
Gustave Le Bon (7 May 1841, Nogent-le-Rotrou, Eure-et-Loir – 13 December 1931)
was a French social psychologist, sociologist, and amateur physicist. He was the author of several works in which he expounded theories of national traits, racial superiority, herd behavior and crowd psychology.]

[ウィキより:
グスタフ・レ・ボン(1841年5月7日~1931年12月13日)
は社会心理学者、社会学者、又、素人物理学者であった。
彼は、天性、人種〈人種に固有な性質〉の優位性、
民族的な性向、又、群集心理の理論についての解説書を幾つか出版している。]
〈 〉内=BLOG管理人による補足。
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(second edition)219 pages;
Norman S. Berg, Publisher,
"Sellranraa", Dunwoody,
Geourgia, USA.
(undated)


"... The creation of the legends which so easily obtain circulation in crowds is not solely the consequence of their extreme credulity. It is also the result of the prodigious perversions that events undergo in the imagination of a throng. The simplest event that comes under the observation of a crowd is soon totally transformed. A crowd thinks in images, and the image itself immediately calls up a series of other images, having no logical connection with the first. We can easily conceive this state by thinking of the fantastic succession of ideas to which we are sometimes led by calling up in our minds any fact. Our reason shows us the incoherence there is in these images, but a crowd is almost blind to this truth, and confuses with the real event what the deforming action of its imagination has superimposed thereon. A crowd scarcely distinguishes between the subjective and the objective. It accepts as real the images evoked in its mind, though they most often have only a very distant relation with the observed fact.
To combat what precedes, the mental quality of the individuals composing a crowd must not be brought into consideration. This quality is without importance. From the moment that they form part of a crowd the learned man and the ignoramus are equally incapable of observation.
This thesis may seem paradoxical. To demonstrate it beyond doubt it would be necesary to investigate a great number of historical facts, and several volumes would be insufficient for the purpose.
Still, as I do not wish to leave the reader under the impression of unproved assetions, I shall give him some examples taken at hazard from the immense number of those that might be quoted.

... (omit one para.) ...

 The follwing fact is one of the most typical, because chosen from among collective hallucinations of which a crowd is the victim, in which are to be found individuals of every kind, from the most ignorant to the most highly educated. It is related incidentally by Julian Felix, a naval lieutenant, in his book on "Sea Currents," and has been previously cited by the Revue Scientifique.
The frigate, the Belle Poule, was cruising in the open sea for the purpose of finding the cruiser Le Berceau, from which she had been separated by a violent storm. It was broad daylight and in full sunshine. Suddenly the watch signalled a disabled vessel; the crew looked in the direction signalled, and every one, officers and sailors, clearly perceived a raft covered with men towed by boats which were displaying signals of distress. Yet this was nothing more than a collective hallucination. Admiral Desfosses lowered a boat to go to the rescue of the wrecked sailors. On nearing the object sighted, the sailors and officers on board the boat saw "masses of men in motion, stretching out their hands, and heard the dull and confused noise of a great number of voices." When the object was reached those in the boat found themselves simply and solely in the presence of a few branches of trees covered with leaves that had been swept out from the neighbouring coast. Before evidence so palpable the hallucination vanished.
The mechanism of a collective hallucination of the kind we have exlained is clearly seen at work in this example. On the one hand we have a crowd in a state of expectant attention, on the other a suggestion made by the watch signalling a disabled vessel at sea, a suggestion which, by a process of contagion, was accepted by all those present, both officers and sailors.
...

『第二章』より
『民衆の感性と倫理観

(pp.22-25)

「 ...群集の間にあのようにいとも簡単に蔓延する、『伝説』の創作は、人々の軽信性ばかりに拠って引き起こされているわけではない。それは、又、群集の想像の中で巻き起こるはなはだしい倒錯にも原因している。実に単純な出来事も、群集の知れるところになると、たちまち完全に別ものに変貌させられる。
群集というものは、イメージによって考えるものであり、そのイメージ自体が、次々と連鎖的にイメージを呼び起こしていき、最初の出来事とは何の関わりも説明のつかないものになっていく。この事は、誰でも、どんな事実について思いをはせる場合でも、たまに少し面白い考えが浮かんだときのことを思い出せば、容易にこの(心理)状態が生じることがわかる。我々の理性はこれらのイメージについてつじつまが合わないことに気づかせてくれるのだが、群集はその真実におおよそ盲目で、本当にあった事は、混濁して、想像力が事実に覆いかぶさり、歪められてしまう。群集は、主観と客観の区別が殆ど出来ない。それは、最初に目撃した事実とはせいぜい相当かけ離れた関わりしか持たない、思い浮かんだイメージを、事実として受け入れてしまう。

 目前に迫っている問題に取り組む必要の余りに、個々人の心の状態は、集団の中にある場合にあっては執りあうに値するものではないのだ。かかる性質には何ら重要性はない。ひとたび集団の中に組まれるなり、高い教養を積んでいようが、無知な者と同様に、観察力を失ってしまうものなのだ。 

  ... ( 中略) ...  

 以下は、その、群集が集合的な幻覚(幻視)の犠牲になった事例中でも最も典型的なものの一つであり、その中には、無教養な人々から、最も高い教育を受けた者まで、全てが関与していたからである。これは、ちなみに、海軍大尉ジュリアン・フェリックスに関するもので、彼の著書『海の流れ』より、又、以前『 Revue Scientifique(科学評論)』に掲載された記事である。
 軍艦ベルポールが、大嵐で難破した巡洋艦ルベルソーを探しに大海を巡回していた。白昼、太陽が煌々と照っていた中での出来事である。
 突然、監視が難破した船を見つけた;乗員はその方向を見に集まった。仕官、船員共々全員が、人間に覆われたこの筏が船に繋がれて、SOSサインを発信しているのをはっきりと目撃したのだ。ところが、これがとりもなおさず集合的幻覚であったのだ。司令長官デスフォセスはボートを下ろし、難船した船員達を救援しに向かった。現場へ向かっている間も、同乗の船員、仕官共々、「多くの人がその上でうごめきながらそれぞれ手を上に伸ばしていてる...」のを目撃しており、「...数え切れない数の人間のうめき声が、鈍く、混沌と、聞こえてきていた。」 そこにたどり着いて乗員達が見つけた物は、近くの海岸からうち流されたに過ぎない、単なる木の枝が数本枯葉に覆われていたものであった。動かぬ証拠を目の前に、この幻覚は一瞬のうちに消え去った。
 今まで説明してきた集合的幻覚のメカニズムを明確に示した例である。一方では、大きな期待を込めて注視する集団が居り、他方では、難船した乗り物を発見したという監視からの憶測が出てきて、ひとつの憶測が、伝染していき、居合わせた仕官、乗組員全員によって(事実として)受け入れられたのである。」 (BLOG管理人R.S.:訳)
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編集 / 2010.04.18 / コメント:: 0 / トラックバック:: 0 / PageTop↑
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mixedtribes(佐々木)

Author:mixedtribes(佐々木)
―可なり執拗な『成り済まし』被害に遭って来ています。どうか、私と名乗る者やそうと臭わせる『変な』通信があった場合は、精密なご調査をお願いいたします。―
 『逆カルチャーショック/Reverse Culture Shock』(=正式名)に重ねられて始まった、
CoIntelPro等とも呼ばれるこの「集団・組織的ストーカー」等への対策用にBLOGを始めました。
 帰国後、家に辿り付いて以来、北海道から一際出ていません。 私自身は一切『街宣』等に参加した事は御座いません。 街宣での自己紹介の中で、私のブログの事では?と連想させるような説明を取り入れることで、まるでその人物が私ではないか、と思い込ませ人違いを促す『成り済まし(風)』にご注意下さい。
 成り済ましが、私の肖像を盗んでやっていた可能性があります。ご注意ください。以前出した事のある子どもの頃の写真を再度以下に貼っておきます。そこにあるのは私の大切な両親ですので、この写真を自分だと偽るために盗用したとすれば、私の大切な両親までをも、自分のだと偽ったことになり、許し難いです。
 太かった事は一度もないです。細くもなく、筋肉質でもありませんが、これらが良い悪い、と言っているのではなく、成り済ましと取り違えられて居たくないため、明確にしています。背は小さいです(が、何故か昔から長身なような印象を持たれがちらしいです)。髪は13―4年、後ろで束ねた長髪で,常に(40年間)前髪があります。
 私は一人っ子です。A型でもB型でもありません。両親は科学者で、ビジネスにも関係なく、また、一切の宗教やましてやカルト・新興宗教とは関連を持っておりません。
私自身が12歳でいきなりキリスト教信仰を持ちました。
 西野のへの字屋根の一軒家の住人で、車は青いスバルです。ここにある写真は私の子供時代のものです。成り済ましが盗用して、自分のだと言っていた可能性があります。ご注意ください。上の四枚は父の要望でこのテーブル付き椅子の上で恰好を付けて学究中ゴッコをしているもの。
 
成り済ましがこのブログを自分のものだと言っている可能性があったので、ここまで公開致します。

[注意]:
大変残念ながら教会には通っていません。また道や人の家への訪問伝道や勧誘は、私の信ずるところと少し意味が違うので、しているのであれば、それはこのブログ主である私ではありません。万が一そのようなものが居り、私のブログを自分のものででもあるかのように言う者が居ましたら、この部分を読ませ、追求しておいてください。ご注意下さい。私に知らせて下さり、少なくとも警察にもご通報お願い致します。
  人が伝道することを批判しているのではなく、しているのは私ではありませんので、騙されないようにして頂きたいと思い書いて居ます。

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